mommapapaの父ノ言ノ葉

言葉と暮らしと子育て雑記

モーツァルト交響曲第1番と九歳の最年少棋士

 私が大学を卒業する際に、自分への褒美として購入したものの一つに、アシュケナージが自ら指揮を執りピアノのを奏でるモーツァルト・ピアノ協奏曲全集があります。

当時1万円を超えるCD価格に恐れをなしたものの、それでも清水の舞台から飛び降りるといった覚悟で、思い切って買ってしまったことを覚えています。

その曲集を聴くと、今だに何故だか大変落ち着くのですが、今ではスマホに取り込まれ、ブルートゥースを介して朝晩の通勤電車内で私の内耳の奥に響き渡っています。

その初々しい協奏曲第1番を作曲したのが、モーツァルトが11歳の時であるとか。

当時20代の私にとっては、まさに天才の成せる業のように感じたものです。

同様に、彼が初めて交響曲を作曲したのが9歳だと聞くに及んでは、もはや人智を超えた神の偉業ではないかという具合に長く感じていましたが、昨今の子どもたちの活躍を目の当たりにするにつれ、さもありなんと妙に腑に落ちる感覚が込み上げてきます。

小学4年生でプロ棋士になる9歳の仲邑菫さんは、正に通常の人間では到達し得ないと直感したレベルに達しているのでしょう。

歴史的な音楽家と彼女と、どちらが偉大だとか能力が高いだとか、そういう比較論ではなく、我々は今、現代のモーツァルトの誕生物語を体験しているのではないかと、そんな気持ちになるような、心ときめく話題です。

彼女の円らに輝く瞳を見るにつれ、藤井聡太七段然り、保護者の強制的な指導の結果というよりは、幼い心が自ら求めた進歩の先にある時代の評価であるなと感じ心穏やかになります。

残念ながら、私自身は囲碁を嗜みませんが、おそらくは早期英才教育とは少し異なる自発的な才能の開花に対し、山里に佇む一輪の野花をそっと楽しむように、現代の子供たちの才能を、静かに見守り続けたいなと思います。