mommapapaの父の言の葉

日本語と暮らしと子育て雑記

わが家の小さなビオトープ

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 わが家は都内の小さな小さな敷地に住んでいますが、今どきの住宅の流行りに反し、建屋の周囲をコンクリートや白い玉砂利で覆わずに、積極的に土を残しています。

他の生き物と共存して暮らしたい、という思いが強いからです。

ですから狭小住宅の常識に抗って北側も隣地境界ぎりぎりには建てず、人が余裕で歩けるほどの土を残しているのですが、敷地全体の日当たりが良いこともあって、様々な植物や生き物が暮らしています。

庭という概念でさえないこの敷地周辺世界は、ある種のビオトープが成立しています。

特にうれしいのは、正確な名前は分かりませんが、ハイゴケやヤマゴケのような苔が自生していることです。

見た目にも愛らしいこの生き物は、2年ほど前に妻がネコ除けの薬品をまき散らして無情にも全部枯らしてしまったのですが、今年に入ってまた元気に復活したのでした。

ただ最近は、ゼニゴケに押されて陣地を奪われてしまっています。

一目でそれと分かるゼニゴケは、いかにも無慈悲で力強そうな見た目から、悪役にふさわしいイメージで損をしているなと思いますが、私自身も美しい苔で一面が覆われてほしいという気持ちがありますので、ゼニゴケには申し訳ないですが他の苔に頑張ってもらいたいです。


基本的には生物たちの自由世界としているそんな敷地裏の世界ですが、放っておくと当然雑草が伸び放題になります。

一時は何も手を入れずに放置しておいたのですが、さすがに雑草畑では面白みがないし周囲からクレームが来てもいけないと思い、季節の変わり目程度の頻度では、手入れをするようにしています。

残す草と抜く草の区別は、主に見かけによる個人的な判断です。

人間の見た目に美しい、例えばスギゴケなどはその辺りを理解して今の姿になったわけではないのでしょうが、結果的に人間世界で生き抜く上では見た目が大切だなと思いながら作業を続けます。

中には明らかに雑草然としている草の中に、5ミリほどの小さな白い花を咲かしているものがあると、ゴメンねと心に思いながらピンセットでつまんだり、抜いた草の下からダンゴムシが足早に逃げ出すときなどは、ゴメンゴメンと語りかけながら作業を続けます。

虫や草たちにとって人間である私は、明らかに穏やかな彼らの世界を脅かす招かれざるものであることは間違いないのですが、そうはいっても人間には人間の都合があるのだからと言い訳しつつ、猛暑の中汗だくになりながら2時間余りの手入れを終わります。

そんなわが家の小さな小さな生き物の循環は、寝室の床窓から覗けるようになっているのですが、土を見るたびに、心穏やかになるとともに、人間も自然世界の一員として暮らしているのだなと、当たり前の事実を再確認する機会となっています。

将来、AIが人間世界の番人となり、残す者と抜く者を選択する世界が訪れた際に、この小さなビオトープのことを思って涙する日が来ないことを願いながら、虫や植物たちの活動を今日も静かに眺めているのでした。

ではまた次回。