mommapapaの父の言の葉

日本語と暮らしと子育て雑記

熱中症と小学生と

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 今にして思えば40年ほど前、まだ小学校の夏休みに、熱中症にかかったことがあると思う。

”あると思う”と表現せざるを得ないのは、そのときは医者に診てもらうでもなく、結局はその症状を誰にも悟られることなく回復することができたからだ。

そしてその時の症状に対し、今はっきり熱中症と断言できるのは、その時間に起きた異様な現象とその恐怖を、今でもはっきりと覚えているから。

当時まだ日射病と呼ばれた時代、私は小学校の6年間、地元の野球チームに所属していました。

そしてあれは4、5年生だったでしょうか、夏の大会で勝ち進み、確か準優勝あたりの好成績を残したうれしいはずのその表彰式で、異変は起こったのでした。

出場チーム全員が炎天下の校庭に揃い、大会委員の訓話や表彰の賛辞を受ける途中、私は急激な冷や汗と共に、その場に立ってはいられないほどの疲労を感じたのです。

その時の私は、おそらくは顔面蒼白だったのではないかと思います。

当時は苦しい時も水を飲むなという時代。

一人グラウンドに座り込まなければならない自分の弱さをを責めながらも、なるべく仲間には悟られないように膝を曲げて座り込む自分。その場所の重力だけが特異に大きくなったかのように、どうすることもできず重たい体を曲げながら腕の中にしばらくうずくまっていたのです。

そして次の瞬間、異変は起きました。

顔をあげてみると、視界がモノトーンだったのです。

つまり、見える景色から色彩が消え、白黒の世界に放り出されたのでした。

え、どうして?

子供心にその時感じたことは、このまま色が戻らなかったとしたら、自分はどうなってしまうのだろうという恐怖心。

そしてそんな状況に陥ってしまった自分を、むしろ恥ずかしいと責める自分。

そうした心理から、周囲の大人や仲間には悟られまいと、周囲の状況など忘れ、暗く静かな別世界の中に身を置いていたのでした。

どれくらいたっただろう?

しばらくした後に恐る恐る目を開けてみると、そこには見慣れた色彩に満ちた世界が広がり、事なきを得たのでした。

その間5分か10分か。

あの時私の前に現れた世界は、その後の長い運動部での生活の中では二度と訪れることがなかった特別な世界。

回復すればすぐに忘れてしまう病気の諸症状とは異なり、今でもはっきりと覚えている症状です。

私が小学生のころには、夏休みの最高気温は30度を超えれば異常に熱いと感じた時代。40度が身近な現在とは全く異なります。

そんな連日の猛暑の中で、小学生の命が失われてしまったことは、残念でなりません。

そして全国の教育現場の大人たちも、子供たちの命も楽しみも、どちらも奪うことなく活動するためにはどうしたらよいのか、ずいぶん戸惑っているのではないでしょうか。

あの日もしかすると、私も辿ったかもしれないその悲しい結末への危険に、未来を担う若い命がこれ以上晒されないよう、教育委員会なり文科省なり立法機関なりの努力によって、夏場の屋外での活動に対する明確な行動指針が速やかに示されることを願ってやみません。