mommapapaの父ノ言ノ葉

言葉と暮らしと子育て雑記

ようこそ、東京大学へ ~上野千鶴子女史が見せた愛情

 平成31年度東京大学入学式での上野千鶴子東大名誉教授の祝辞が、大きな話題になっているようだ。

それはそうだろう。

私自身、保護者席でリアルタイムに彼女の言葉を受け止めながら、賛否は別にして、今自分が圧倒的な知の空間に身を置き、時代を象徴するような貴重な時間を共有しているのだと感じていたのだから。

一方で、ネット上を駆け巡る多くの記事や意見を目にして思うことは、公開された祝辞の全文を読んだとしても、実際に彼女が発したメッセージが意図するところの半分も伝わらないのではないかという感覚。

入学式という新しい仲間を迎える祝いの場にあって、新たな知の海に漕ぎ出す新入生を前に彼女が語る言葉を聞けば、その根底に流れる後輩たちへの愛情を感じずにはいられなかったのだから。

「言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。わたしのような者を採用し、この場に立たせたことがその証です。」

私が最も印象に残った言葉は、多くの議論からは外れたこの一文。

この言葉を耳にした時、ああ、この人は自らの主義主張を語るために登壇しているのではなく、新しい仲間であり新しい令和という時代を担う後輩たる若者たちを歓迎し、励ますために語っているのだなと、保護者の一人としてそう感じたのです。

上野女史のことはよく知らない。でもきっと主義主張は私とは異なるだろう。

しかし、その会場で語られた言葉や語り口を聞く限りでは、入学式で期待されるべき祝意を抑えてまでの自己主張する意図はないばかりか、むしろあふれる愛情に満ちているようにさえ伝わってきたのです。

東京大学のホームページで公開されている祝辞の全文には、入学式で彼女が実際に語った言葉から、少なくとも3ヵ所が省略されています

2か所は会場の大きな笑いを誘った個所であり、1つは最後の締めの言葉。

「ようこそ、東京大学へ。おめでとう

言葉が省略されている意味は、それが予め用意された公開文にはないアドリブだったからなのか、あるいは、何らかの配慮や判断により、省略することがふさわしいとみなされたからなのか分かりません。

そして全体的に、もう少し口語的な語り口が多い。

入学式当日、武道館で彼女の祝辞を実際に耳にした者であるならば、受け止め方はネット上のそれとはまた異なっているだろうと感じずにはいられない。

もしかすると、平成最後であり令和時代の最初の学生を迎える今回の入学式は、歴史的な意味合いとともに、将来にわたって時代の記憶に残るかもしれない。

五神総長の式辞も、太田教養学部長の式辞も明らかに素晴らしかった。

そのような場を、リアルタイムで経験できた環境に感謝します。